派遣ライフ☆企画課日誌

派遣ですが職場愛が深すぎる私の刺激的な日常を、独自の視点でつづっています!

お盆期間に出勤してきたのは宿敵A男!

f:id:goominje:20200822225320p:plain

 

私は特に予定がない限り、お盆の時期は休まない。休みたくない。
だって、電車やバスはすいてるし、社内も出勤者が少ないので閑散としていて静かだし、電話も鳴らない。来客もない。急な用事を頼まれることもない。
なにもこの時とばかりにさぼってやろう!とか、事務用品・消耗品の類を拝借してやろう!とか、部長の椅子に座ってやろう!とか、そんな事を思っているわけではない。
自分の仕事に集中できる、そんな環境が一日続く、それだけで素晴らしいではないか。
おまけに複合機の使用順番待ちなし、社食も貸し切り状態、トイレも常に占有可。
そんなのは年に数回あるかないか。


社員さんは、なるべく有給休暇を取るように指示されてるので、お盆と年末年始はだいたいお休み。休まない人は上司に文句言われるくらい。
ただ私たち派遣社員は、そこらへんは自由なのです、この職場では。
社員の指示が必要な端末オペレーターさんや、出入りが厳しく制限されている機密エリア担当の派遣さんはお休みだけど、一般事務職の派遣社員は休んでも出勤してもどっちでもいいらしい。社員さんほど有休そんなにないしね。ここで使い切ったら後がつらいから、って出勤してくる派遣さんもいる。有休はないけど、家族と過ごすために欠勤扱いで休む人もいる。どっちでも自由だ。


でも私は、有休あるけども、喜んでお盆期間に出社している。貴重な職場パラダイスを味わうためだ。
いつもは重いシステムも混雑なしで軽くなるだろうし、きっとサクサク仕事がはかどって、たまってたやつを一掃できるだろう。時間が余ったら、気になってたあの新しいソフトをいろいろ検証して、日々の業務の効率化を目指す、とか、ごちゃごちゃのキャビネット内の備品に番号つけて順に並べてみる、とか、ついでに、ずっと気になってた課長の席の後ろの棚のほこりをサーっとふいちゃうとか。
そんなプランをいろいろ立てながら、ウキウキ気分で職場に向かった。

 

トールサイズのカフェオレ片手に、いつもどおりにオフィスに入っていくと、人影はないがすでにエアコンがガンガンきいていて、複合機があわただしく書類のコピーを吐き出していた。


いやな予感。いやな予感。超いやな予感。


オフィス内を見渡すと、書庫キャビネットが開いていて、扉の陰に見慣れたシルエットが…、A男だった!
横から私を見ている人がいたなら、私の首がガクッと前に倒れ、あごが胸にくっつくくらいうなだれたのがはっきりとわかっただろう。


A男、私の宿敵のような男。彼が出社していたとは。
結婚2年目の奥さんがいると聞いている。奥さんとゆっくり自宅でアマゾンプライムのビデオでも見て過ごせばいいじゃないか。なんで出てきてるのか。

A男は、この職場で唯一私が”DNAレベルで合わない”と感じている社員である。
彼は、私が派遣社員としてこの職場で働き始めたその同じ日に、別の部署から異動で転入してきた。長身に角刈り、細い目で銀縁眼鏡、なぜか赤い鼻の頭、肩を揺らす独特の歩き方、表面をなぞっただけでも奇跡的に私の好みの真逆をいっている。しかし、これは私の好みの問題であって、彼に非があるわけではないが。


私が鳥肌がたつほど嫌悪するのは、むしろその内面の方。
彼は絶対的派遣づかい荒い系社員。派遣をこき使うことが仕事ができる社員と信じ、派遣を見つけたら何か仕事を言いつける、言いつけないではいられない、そんな体質なのか、今や派遣仲間の間でも悪名高い。

私が就業したその初日から、A男は私に雑用を頼みまくってきた。
これを元の場所に戻しておいて、これを〇〇さんに渡してきて、このペンの替え芯探しておいて…のようなレベルのことまで、ひっきりなしに。

私も初日なんですけど。元の場所とか、〇〇さんがどこにいるのか、というより顔も知らないし。
というか、まだ女子トイレがどこかもわからないうちから、この男は私にいろいろ用事を頼んできた。おかげで、引き継ぎのため居残っていた前任者とコンタクトできる貴重な時間の大半が消えてしまった。当時は、社員さんからの頼まれごとは全て最優先と思っていたので、しょうもない用事か、大事な用事かも判断できず、ただひたすら言われたとおりに動いていた。


忘れもしない、その初日があと30分で終わるという時刻、私はA男に呼ばれ、わけも分からずついていくと自販機コーナーの前でA男がたちどまった。
「なんでも好きなもの選んで」
自販機にお金を入れると、A男はそう言った。
いろいろ頼んでしまったからそのお礼に飲み物をおごってくれる、というのだ。
けっこうです、と一度は辞退したが、まあまあとA男が私を引き止め、引きつるような笑顔を見せてせまりくるので、私も断り切れず、ドリンクをひとつ選んでボタンを押した。
その瞬間ギロッと私を鋭い視線で見ると、
「俺はね…」
A男がしゃべりだした。


「俺はね、前は設計の方にいてさ、企画なんてはじめてなんだよね。わかる?けっこう大変なのよ。わからないと思うけどさ。異動って言われたのもついこないだでさ、進行中の仕事、全部後輩に引き継いできたんだよね。だから、ここでゼロからはじめないといけないわけ。それなのにさ、明日からもう企画会議でろって言うし。企画なにか考えとけってさ。来週はいきなり出張だし、そっちの準備もあるっていうのに。まったくひどいだろ?」


知らんけど。
そんなもんじゃないの?会社なんてさ。異動したら覚えることたくさんあるんだから、そりゃ会議も出張もあるだろうさ。知らんけど。で、何?

 

「だからさ、いろいろご協力願いたいんだよね。」

 

あー、それ言いたかったのね。
大変な俺のためにいろいろ雑用やってくれよ、と。

もちろん私も仕事しにきてるので、雑用だろうとなんだろうとやりますよ。
ただし、あなたの専属雑用係ではございません!

…ん?

あ、それでドリンクおごった?これ飲んだんだからやれって?

 

「これからもいろいろ頼むと思うけどさ。前の部署の派遣さんにもいろいろやってもらってたしね。」

 

ふさけんじゃないよ。もう。
飲んじゃったやんかー。もう。

いや、こんなことで懐柔されませんよ。
一日目とはいえ、彼のあくの強さにへきえきしていた私。
もういい加減開放されたいと思い、退散することにした。

「そうですか。ではそろそろ時間なので失礼します。ドリンク、ごちそうさまでした。」
そう言って頭を下げると、回れ右して職場に向かって一目散に歩き出した。
背後から、
「明日もよろしくね!」
と叫ぶA男の声が聞こえたが、振り向かずにオフィスに戻った。

それからというもの、こちらの都合も関係なしに、A男は本当にいろいろ雑用を頼んでくる。そして、けっこう神経質で、細かい指示を出してくる。
社内資料のタイトルページにインデックスで見出しをつける時、ミリ単位でもずれていたらやりなおしさせられる。けっこう苦手なのだ。そういう作業。どう頑張ってもちょっとはズレるもんでしょ、手動なんだから。いや、神業的にうまい人もいると思うけど。
あと二穴パンチの切れ具合が悪いから直しといてって言われたけど、刃が交換できないタイプですって言っても、何とかしろって感じで。もう買い換えたら?くらいしか浮かばないんですけどね。

 

仕事の内容はともかく、まあ、こんなことは他の人でも頼んでくることある。
しかしA男はゴリ押し、無茶ぶり、丸投げ的な依頼が多く、それは限りある私の時間を非常に消費する。完成イメージと期日だけ言われて、なんとかしといて、と言う。
本来社員さんが私たちに頼む仕事は、判断が伴うようなことはないはずなんだ。やり方、環境は社員さんが考えて用意する。作業の指示をし、私たちは手順通りに実行する。私たちは責任もとれる立場にないし、権限もないし。


ただ、A男の頼んでくる内容は、どうやってやるかを考え、備品を調達し、関係部署の承認をとるところも全てやれという指示になっていることが多い。それは本来派遣社員に頼む仕事ではなく、同僚か後輩に頼むべき仕事だろう。


同僚か後輩。
A男にはまだいなかった。この課にやってきて、いきなりいろんなことを担当させられ彼の頭はもうパンパンだったのかもしれない。相談できる同僚も、頼れる後輩もいなかった。
いるのは、指示だけしてくる上司と、彼の転属を快く思わないライバルたち。弱みを見せたくない相手ばかりだ。とりあえず、味方はいなくても、なんでも頼める派遣だけは確保しておこう…なんて、実際、彼がそう思ったかどうかは知らないが…。

そう想像すれば、若干気の毒に思える面もあり、出来る限りのことは本来の業務に差し障りのない範囲で協力しようと思った。

 

しかし、私が最も虫唾が走るのは、私を使う時と、私に用事のない時との彼の振る舞いの落差だ。
用事がない時、彼は私と一切言葉を交わさない。
挨拶もしないし、電話を取り次いでも黙って受話器をとるだけ。
お菓子をすすめても拒否するし、回覧を持って行っても無反応。
帰りのエレベーターで二人きりになった時など、黙って扉を見つめて気が付かないふりをする。


飲み会で隣の席にされたときは最悪だった。
さすがに何か話さなければと思ったのか、話題をふってきたけれど、私の地元をどこか別のところと勘違いしていて、まったくぴんと来ない話をえんえんと聞かされた。向こうもそもそも私に興味がないからどうでもよかったのだろう。


そうだ、彼は私に興味がない。私も感じている。彼にまったく興味がない。
仕事なしのプライベートな会話なんて何も浮かんでこないし、なにげない雑談でも仕事のスイッチを2段階くらい強く押し込まないと何の言葉も出てこない。

合わない人、というのはこういう人だと思う。
どこをどう切っても、煮ても焼いても食えない。
まさにDNAレベルだ。どうしようもない致命的なそりの悪さをお互い感じているのだ。

 

私の管理担当の社員さんに一度相談したことがある。
その時A男が私に命じていたのは、ソフトが入ったCDとはがきサイズの小冊子とUSBキー。このセットがぴったり収まる収納ファイルを用意しろ、というもの。市販のものでは存在しなかった。そうしたら、作って、と言ってきたのだ。私は試行錯誤を重ね、そのうち苦し紛れに、透明クリアファイルをカッターで裁断し、2つ穴をあけ、CDセットを入れたのち、リングファイルに収納するという方法で、手作り感満載のものをやっとの思いで仕上げた。しかし、おかげで私のメールの受信トレイには、作業進捗伺いや催促のメールがものすごい勢いでたまっており、その日は返信するだけでやっとだった。翌日ぎりぎりでなんとか他のお仕事も完了できたが、その様子を知ってか知らずかA男はまた何か頼もうと、私の手が空くのを待っているようだった。

 

なんなの、この人。普段は一切無視しておきながら、仕事を頼みたいときだけめちゃめちゃグイグイ来る。イライラが限界まで達し、私はたまっていた思いをその時ぶちまけてしまった。

 

だまって私の話を聞いていたその社員さんは、私がひととおり話し終わると、


「A男さんとあなたは、どこか似ているんですよね。」


と言った。私は耳を疑った。
本来、社員に対する不満を社員に言うのはご法度だろうと思う。しかし、他の業務に支障をきたす、という理由で私は打ち明けたのだが、ついつい悪口っぽくなってしまったようでこれはいけない、と思った。しかし、その「似ている」という言葉を聞いて、またひどく反応してしまった。


「え?どこがですか?ぜんぜん似てませんよ!真逆です!真逆!」

 

「まじめでこだわりが強くて、どこか不器用、ね?思い当たるところ、あるでしょう。」

 

えーっ?とまったく同意できない気がしたのだが、この社員さんには深い信頼を寄せており、うーん、と考える素振りはして見せた。
その社員さんは、とはいえ、他の業務に差し障りがあるのは良くないので、A男にそれとなく伝え、対処しますと約束してくれた。
席を立ちかけた時、その社員さんは私がA男に言われて作ったそのCDセット収納ファイルを見て、


「素晴らしい出来じゃないですか。あなたとA男さんが組むと最強ですね。」
と言って笑った。


その、因縁の相手A男が、お盆期間の誰もいないはずのオフィスになぜか、いたのだ。


「おはようございます。お疲れ様です。」


一応声をかけた。なんでいるんだよ、という気持ちは顔に出ていたかもしれない。
A男は、一瞬私の方に顔を向けたが「…ざっす。」という挨拶かどうか聞き取れないような声を発した。完全無視ではないが愛想もない態度。とりあえず、今日は私に用事はないとみてよいだろう。
そう思い席についたが、A男が私に用事があろうとなかろうと、やっぱり不快なものは不快なのである。

 

A男は私の隣の席なのだ。

 

しばらくすると、コピーした資料を仕分けし終わったA男が席に戻ってきて、メールチェックなどをはじめた。
だだっ広いがらんとしたオフィスに、よりによって隣同士の席の二人が出社。笑える。最悪だ。
お盆に出勤する、この点だけは確かに「似ている」らしい。

 

A男も居心地が悪いのだろう。しばらくすると、席をたち、またなにやらコピーを取り出した。


コピー?
それこそ派遣社員に頼んで、もう帰ったらいいんじゃ?
なぜそこは頼まないのか?
お盆にわざわざ出てきて書類のコピーするか。
なにか家にいられない事情でも?

まあ、別に興味ないのでけっこうですが。

 

夏の強い陽射しが差し込む静かなオフィスで、冷め切ったカフェオレに口をつけることも忘れ、私はただひたすらデータ入力に没頭し、なんとか長い一日をやり過ごした。

 

お盆明けに聞いた話だが、例の社員さんが上長にうまく言ってくれたらしく、A男に個人的に注意したわけではないが、課内の全社員さんに、派遣社員を私物化しない!のようなお達しがあったらしい。私とA男の件以外にも、派遣社員に個人的なおつかいを頼んだり、子供の宿題を頼めないかと言う依頼をされた、のような事例が他の事業所であったらしく、それも含めて全体への注意となったとのこと。派遣社員になんでも頼んでいいということではない、という注意を受け、何かしらA男の胸に響いたのか、お盆明けに使う会議の資料をひとりせっせとコピーしていたというわけだ。

 

それ以来今日までのところ、A男から無茶な仕事の依頼はなく、相変わらず隣の席だが、うまく視線が合わないよう、立つタイミングが合わないよう、どちらからともなくある意味ソーシャルディスタンスを保つ習慣が身についていて、そんなに気に障ることもなく過ごしている。


以前、A男が元いた部署の派遣さんに仕事を頼みに行って断られて帰ってきた、という話を聞いた。私だけでは追い付かず、古巣の派遣さんにも頼んでいたのかと、呆れる思いだった。さすがに異動したあとまで面倒はみきれない、とあっさり断られたらしいが、その時A男は、


「使えない派遣は、速攻”切る”、しかないね。」


と言って、まわりの失笑をかっていたらしい。おまえにそんな権限はないわ、と他の派遣さんが怒っていた。
負け惜しみか、照れ隠しかわからないけど、この人はこんな発言をいとわず言う人なので、私としてはもう慣れてはいる。理解や共感は一切ないが。

 

ただ、この絶対的派遣づかい荒い系社員のA男も、愛すべき企画課の一員。
何かお仕事の依頼があれば規定の範囲内でお手伝いすることは当然、と覚悟しております。


ただ、もうドリンクおごる的なことはけっこうですので。
お互い無理せずやりましょう、A男さん。

 

 

【契約満了まであと 407日】